ADHD(注意欠陥・多動性障害)に関連する遺伝子が、アリアール族のような狩猟生活を営む人々にとって優位性をもたらすという研究結果は、非常に興味深い可能性を示しています。この遺伝子は、狩りや移動を繰り返していた私たちの祖先にも役立っていたと考えられます。
狩猟生活では、じっとしていられない衝動性や即座の判断がむしろ「行動力」として機能した可能性があります。ADHDの特性を持つ人にとっては、こうした動きの多い生活が非常に適していたことでしょう。
人類史の大半において私たちは狩猟採集という環境で暮らしていました。歴史的に見れば、ADHDとされる特性はむしろ生存における恩恵でした。衝動性や多動性が有害なだけなら、進化の過程で淘汰されていたはずです。
さらに興味深いのは、この遺伝子が狩猟者だけでなく、遊牧民にも共通する特徴だとされる点です。新しい環境を求めて移動するという衝動、いわば「探検家の遺伝子」として機能していたと考えられます。
人類は東アフリカを出発点に、10万年をかけて地球全体に広がりました。未知の環境を探すことは、人類の根本的な性質であり、生存の鍵でもあったのです。この「探求の精神」が、現代のADHDと呼ばれる特性に反映されているといえるでしょう。
現代社会におけるADHDの課題
一つの遺伝子が有利にも不利にも作用するのは、環境次第です。アリアール族のような生活では恩恵となる特性も、現代社会では課題となる場合が多いのです。
現代では、衝動性や多動性を役立てられる場が限られています。危険を冒したり、思いつきで行動したりすることは、社会的には避けるべき行動とされ、子どもにも禁止されるのが現状です。
私たちはもはや食料を狩猟で得る必要はなく、スーパーマーケットで購入します。新たな環境を探そうとする衝動も、現代では行き場を失いつつあります。未踏の地はほとんどなく、未知の豊かな谷を探し当てるという夢も過去のものです。
さらに、ADHD特有の「じっとしていられない」性質は、非難の対象になることもあります。たとえば学校では、子どもが集中できないことで叱られる場面が少なくありません。
現代社会は、ADHDの特性を持つ人々にとって厳しい環境です。かつて有益だった特性が、都市生活ではむしろトラブルの原因となり、最終的には薬で抑えられることが一般的になっています。
運動とADHDの可能性
私たちはサバンナに戻ることはできませんが、身体を動かすことはできます。運動は、集中力を含む認知能力にポジティブな影響をもたらします。これは、狩猟採集時代の身体的活動が、生命を維持する自然な行為だったことに起因しています。
特に、ADHDを持つ人々の脳は、身体を動かすことに適しています。運動やトレーニングは、彼らの集中力を改善するだけでなく、誰にとっても有益です。これは、人類全体の脳がそもそも身体を動かすために進化してきたという背景に基づいています。
現代社会の制約がある中でも、運動はADHDを持つ人々にとって貴重な支援となるでしょう。また、集中力に課題を抱える多くの人々にとっても、新たな可能性を開く鍵となるのです。